哲学の道の桜を寄贈した日本画家
哲学の道の桜を寄贈した日本画家・橋本関雪の住まいが白沙村荘橋本関雪記念館として公開されています。
大正から昭和にかけて京都画壇で活躍した日本画家、橋本関雪の邸宅兼アトリエを公開。
関雪設計で国指定名勝の池泉回遊式庭園には、石仏などの石造美術品が点在しています。
併設の食事処では名庭を眺めながら湯豆腐御膳や懐石料理がいただけます。
JR東日本では、「そうだ、京都、行こう」エクスプレスカードの特典で入館料が割引になります。
http://kyoto.jr-central.co.jp/kyoto.nsf/spot/sp_hakusasonsou
また、『お食事どころ はしもと』では白沙御膳4,000円、懐石10,000円〜で、お食事もできます。
詳しくはこちらでhttp://gourmet.yahoo.co.jp/0005149495/M0026000347/
甘味処として有名な「きみ家(や)」寒天とえんどう豆に黒蜜をかけて食べる「豆かん」。
が有名です。
シンプルで素朴な菓子ゆえ、素材そのものと豆の炊き具合が命。
「日本に伝わる食文化を大切に」と願う当主が銀閣寺のそばで全国から訪れる客をもてなす。
“大人”が心からくつろげる甘味処です。
お店のサイトはこちらです。
http://www.interq.or.jp/japan/netkyoto/kimiya/
銀閣寺から若王子神社に向かう「哲学の道」から一本西側に外れた大通り沿い、銀閣寺から歩いて5分のところにあります。
地元の馴染みのお客さんによれば、オーナーは関東出身のために、関東発の「豆かん」が京都で食べられるというお店なのだそうです。
黒みつ、自家製寒天、塩味の赤えんどうに良質の材料が使われていて、お味の方も好評です。
哲学の道の桜を寄贈した日本画家・橋本関雪
◆今回の旅行案内の知識は『 哲学の道の桜を寄贈した日本画家・橋本関雪 』を紹介します。◆
posted by トラベルトラブル at 23:45
| 観光名所
南禅寺から哲学の道を歩き
◆今回の旅行案内の知識は『 南禅寺から哲学の道を歩き 』を紹介します。◆
南禅寺から哲学の道を歩き
南禅寺から哲学の道を歩き、銀閣寺へ向かうというのが京都ツウでなくても定番中の定番観光コースです。
五山の送り火で名高い大文字山。
その麓を疏水に沿って、若王子橋から銀閣寺橋へと続く約2kmの散策路を哲学の道と呼びます。
琵琶湖疎水の両岸に植えられた桜はみごとです。
春や紅葉の秋には多くの観光客でにぎわいます。
哲学の道とは、哲学者・西田幾多郎がこの道で思索にふけりながら、散歩をしていたために「思索の小径」とかつては呼ばれていたものが、いつしか「哲学の道」と呼ばれるようになったとされています。
今では「日本の道百選」にも選ばれている有名な散歩道になっています。
道の中ほどの法然院近くには、西田幾多郎が詠んだ歌「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」の石碑があります。
春は桜を愛でながら、秋は紅葉を愛でながら、6月にはホタルが飛び交うなど、豊かな自然を満喫しながら、アカデミックな雰囲気にふけるにはもってこいのロケーションです。
また、哲学の道は西田幾太郎だけでなく、日本画家・橋本関雪にも深い関わりがあります。
この哲学の道の桜は日本画家・橋本関雪夫人が大正時代、橋本関雪がこの付近に住まっていたことから、京都市に苗木を寄贈したことから始まるそうです。
その頃の桜は樹齢の関係でほとんど残ってないそうですが、植え替えられ、手入れされ現在の桜並木になっているそうです。
そして、現在も橋本関雪にちなんで「関雪桜(かんせつざくら)」と呼ばれています。
南禅寺から哲学の道を歩き、銀閣寺へ向かうというのが京都ツウでなくても定番中の定番観光コースです。
五山の送り火で名高い大文字山。
その麓を疏水に沿って、若王子橋から銀閣寺橋へと続く約2kmの散策路を哲学の道と呼びます。
琵琶湖疎水の両岸に植えられた桜はみごとです。
春や紅葉の秋には多くの観光客でにぎわいます。
哲学の道とは、哲学者・西田幾多郎がこの道で思索にふけりながら、散歩をしていたために「思索の小径」とかつては呼ばれていたものが、いつしか「哲学の道」と呼ばれるようになったとされています。
今では「日本の道百選」にも選ばれている有名な散歩道になっています。
道の中ほどの法然院近くには、西田幾多郎が詠んだ歌「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」の石碑があります。
春は桜を愛でながら、秋は紅葉を愛でながら、6月にはホタルが飛び交うなど、豊かな自然を満喫しながら、アカデミックな雰囲気にふけるにはもってこいのロケーションです。
また、哲学の道は西田幾太郎だけでなく、日本画家・橋本関雪にも深い関わりがあります。
この哲学の道の桜は日本画家・橋本関雪夫人が大正時代、橋本関雪がこの付近に住まっていたことから、京都市に苗木を寄贈したことから始まるそうです。
その頃の桜は樹齢の関係でほとんど残ってないそうですが、植え替えられ、手入れされ現在の桜並木になっているそうです。
そして、現在も橋本関雪にちなんで「関雪桜(かんせつざくら)」と呼ばれています。
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